ポエマーノマ
狭い部屋の、狭いベッドの上。目が覚めると、誰もいない。
空気さえも蕩けた夜の熱さが嘘みたいに、なにもない。
力強く、全てを奪われるほど激しさも、朝がくればひとつ残らず消えて、いつもと変わらない部屋の中で、いつもと変わらずに、当然のように、オレはひとり。
求めたくない、求められたくないと思っていながら、強く求められたくて、貪欲に求めたい。
欲しい。お前はそれを叶えてくれる。全てを奪って、全てを与えてくれる。
もうひとりの自分に、なにもかもが満たされる。
どう考えても異常なことだけど、オレはそれが心地好くて、あったかくてくすぐったい不思議な気持ちになるんだ。
でも、お前はオレをひとり置いて消えてしまう。
だったら、全部消せばいいのに。お前の記憶を、お前の感触を。もどかしいこの想いも全部。
奪うなら、全部奪っていけばいいのに。
お前はひどい男だな。
あったかく包んで、ほっとして身を委ねれば、冷たくひとりにして。オレにこんなに苦しい思いをさせて。
なあ。行くなよ。消えるなよ。ひとりにするなよ。
朝になってもふたり一緒で、目が覚めたらキスをして、たったひと言、同じ言葉を交わしたいんだ。
だから、このままずっと、オレのそばにいろよ。
広い部屋の、大きなベッドの上。目が覚めると、誰もいない。
そうだ。なにもなかったんだ。最初から。もうひとりの自分なんて、いないんだ。
オレを見つめる淡い瞳も、囁く声も、包み込む手も、抱きしめる体も、なにもかもが幻。
オレは、ひとりなんだ。
ひとりの人間がふたりになって、同じ人間なのに愛し合って、ふたつの体のまま一緒にいるなんて、そんな夢を見るなんて、どうかしてる。
滲んでいく部屋を見渡しても、やっぱりお前はどこにもいない。
苦しくて、息ができなくて、ついに零れた滴の端に、薄く開いたドアが映った。
──違う。夢なんかじゃない。
先に起きる時は、ドアを開けておいて。不安になるから。
傷付けるのは分かっていたけど、どうしても怖くてそう言ったら、傷付いた顔を隠すように苦笑して、お前は馬鹿だなって、キスして抱きしめてくれた。
そう。お前はここにいる。ひとりなんかじゃない。
朝がきても、消えたりしない。同じ夜を過ごして、同じ朝を迎えて、同じ時を生きる。
ずっとずっと、そうしてふたりでいる。
オレたちがふたりで願ったから。願っているから。心の底から、強く強く望んでいるから。
オレと、もうひとりの<俺>。永遠にふたり一緒。絶対に変わらない。
滴が枕に吸われて、濡れた瞳を拭うと同時に、ドアが静かに開いた。
「起きたか」
オレに気付いた<俺>が優しく言って、見つめたまま近づいてくる。
その声に、姿に、瞳に、全身が震える。
ベッドの端に腰掛けて、微笑んで頭を撫でてくれる手が、あったかい。
目の前に寄せられた優しい瞳。オレを映す、愛しい瞳。
ちゃんと、オレも<俺>も、ここにいる。お互いの瞳の中に、こうして確かに存在してる。
そっと重なった唇が、柔らかくて気持ちいい。
「おはよう、<オレ>」
朝目が覚めて、お前が必ず言う言葉。
想いがそのまま溢れた眼差しで、いつもと同じく甘く囁く。
聞くことはできなかった。言うことはできなかった。
お前とは、交わすことができないと思ってた。
おはよう。
朝がきて、お前がいて、見つめ合って同じ言葉を交わすだけで、オレは幸せで幸せで、切ないくらいなんだ。
おはよう ○
2013.01.26