エロ有 克哉=ノマ、<克哉>=眼鏡
克哉両親超捏造*親戚超捏造*仲良し親子
「え、ほんと?」
電話口の母親の言葉に驚いた。父方のいとこの中でも一番年下の大学二年の従妹が、結婚するというのだから。
相手は、ひとつ年上で社会人三年目、従妹が大学に入学したばかりの頃に知り合って付き合い始めたらしい。
今年の初めに結婚という話が出たそうだが、従妹はまだ学生で相手も二十一歳の若すぎるカップルに、双方の両親は結婚すること自体には反対しないものの、せめて従妹が大学を出るまで待ってはどうかと説得していた。
しかし愛に燃えるふたりは、どうしても今結婚したい、待てないとほぼ毎日両親に頭を下げ、そこまで言うならとついに根負けしたとのことだった。
結婚式は従妹が大学を卒業してから挙げるが、差し当たり両家の親戚一同にご挨拶ということで、お盆休みを利用して若いふたりがお披露目されるから、克哉もお盆は帰ってきたらと、つまりは帰省のお誘いの電話だった。
「ああ、そうだね。みかちゃんにももう四年くらい会ってないしなぁ。予定? うん、特にはないんだけど……」
克哉の数少ない友人たちも、お盆はみな実家に帰省するから、飲み会などがあるわけではないのだが。そういうことではなく。
「ごめん、ちょっと待ってね」
母親を少し待たせて、隣で経済誌を読んでいる半身に尋ねる。
「あのさ、お母さん、お盆帰らないかって言ってるんだけど」
「ん? なんだ、急だな」
帰省するかしないか、両親はいつも克哉に任せている。たまには克哉の顔を見たいと言ってくることはあるが、ひとり息子とはいえもう独立しているし、電車で二時間もかからない近い距離のせいか、正月だから、お盆だからと特別帰省を促すことはない。
「みかちゃん結婚するんだって。で、旦那さん連れてくるって」
「は? あいつまだ学生だろ」
「うん。でもどうしても今したいって、おじさんおばさん説得したらしいよ」
「相手はいくつだ?」
「二十一歳で、ほら、ガスとかー灯油とかー、そういう会社で働いてるって」
「はあ。お熱いことで」
「若さだな。で……いい? 帰っても」
「……」
お盆休みは三日間。ふたりでどこかに行く、ということができない克哉と<克哉>は、この休みの間は何をするかなどは言うまでもなく、それは克哉も理解している。だからこうしてお伺いを立てているのだ。
「……たまには親孝行もしておかないと」
ふう、と溜め息をついてそれだけを言った<克哉>は、あとはご自由に、というふうに、再び雑誌に目を落とす。
「うん。じゃあ、帰るってことで、いいな?」
待たせてしまった母親に、彼女のお許しもらったのとからかわれたのを軽くかわしつつ、帰省する旨を伝えて、詳細はまた後日ということで電話を切った。
「結婚だって。すごい」
「別にすごくはないだろう」
「えー、すごいよ。まだ今年ハタチだよ?」
「それがすごいのか?」
「ハタチで結婚決意するってことがだよ。しかもまだ学生なのに。それだけの相手に出会えたってことだよな」
「ふ、羨ましいのか」
「えっ! いや、そうじゃないけど……」
「じゃあ、俺たちも結婚するか」
「はあ?なにバカなこと言ってるんだよ」
「なんだ、俺はそれだけの相手じゃないのか?」
「それは、まあ、そう、だけど……」
「じゃあ結婚しよう」
ちゅっと頬に唇を押し付けられて、顔が熱くなる。<克哉>を見ると、ものすごくにやにやしていて、からかわれて遊ばれていることがよく分かる。
「からかうな、バカ」
ぐいっと力いっぱいその体を押し退けて、ソファの端に逃げる。<克哉>は変わらずにやにやと笑って、離れた克哉を足でつついてくる。
「うざい。バカ。バカ」
「俺の半身は冷たいな」
「うるさいバカ」
これ以上喜ばせていたら癪なので、あとはもう構わないことにする。だが逆にこれ幸いと、<克哉>が近づいてきて腕の中に抱き込まれてしまった。
「……帰ったら、克哉くんは結婚はとか言われそうだな」
「言われるだろうな。俺たちは年下側とはいえ、一番下が結婚して、もう半分以上が既婚だし」
「めんどくさい」
ぽそっと言うと、<克哉>が笑う。
「相手はいるって言えばいい」
「うーん」
「嘘ではないだろ」
「そうだけど」
その相手が、家にいる時は体が分裂するもうひとりの自分で、なんて言ったら、克哉はおかしくなってしまったと思われるだろう。
実際、別人のようだとはいえ、もうひとりの自分に恋をして、ずっと一緒にいたいと願うなんて、自分はおかしくなっているのかもしれない。でも、この半身と一生添い遂げられるなら、おかしくなっていようが狂っていようが、そんなことはどうだっていい。
「なあ」
「ん?」
抱きしめた腕にすり寄ると、ちゅっちゅっと額にくちづけられるのが心地いい。
「実家だとやっぱ、分裂しないのかな」
家では体が完全にふたつ。外では完全にひとつ。それなら、同じ『家』である実家でならどうなるのか。こうして分裂するようになってからは、まだ一度も帰省していないから分からない。
「家に入った途端ひとり息子がふたりになったら、両親は卒倒するな」
「それは困るよ」
「大丈夫だろう。家の中というか、人の目があるところではふたつになることは絶対ないんだし、両親の前でも変わらないはずだ。あくまでも俺たちは、同じひとりの佐伯克哉だからな」
「大丈夫、かな」
「分裂したらしたで、あなたの息子は実は双子でしたとか言っておけばいい」
「どんな言い訳だよ」
しれっと放つくだらない冗談に、呆れて鼻で笑う。
「その時はその時、なんとでもなるさ。それよりも……」
「っ! ちょ」
甘く優しく背をさすっていた手が、シャツの裾から入ってきた。慈しむだけの穏やかな手付きが一瞬で性感を煽るいやらしい動きになって、体の奥からぞくぞくと熱いものが湧き上がる。
「どうせ日帰りじゃなくて泊まりになるんだろう?せっかくの連休が潰れる分、今のうちに補給しないと」
「いやいや、お盆まで、まだ、あるからっ」
「まだあるからこそ、今のうちに、だ」
「ん? んん? それよく分かんない」
「まあ黙れ」
「んんっ」
何がなんだか分からないうちに、結局いつもの展開になる。
すぐに好き勝手にされる隙だらけの自分に心の中で溜め息をつきつつ、だからこそ隙だらけにしてるんだけど、と、半身にも知られていることを思いながら、いつでも求められて求めるその情熱を全身で受け止めた。
最寄駅からターミナル駅に出れば、あとはもう一度乗り換えをするだけで、うとうとする間に地元駅に着いてしまう。
一晩は会えなくなるかもしれないんだからと朝方まで貪られ続けた体は、うとうと程度ではだるさが取れるわけはなく、傍目にも明らかにぐったりしながら、生まれてから高校を出るまで過ごした馴染んだ風景を見つめる。
お盆休みは、初日と二日目に一泊二日で実家に帰省するということになった。一泊する今日は従妹とその結婚相手を交えて親戚での集まりがあって、明日は夜まで実家でゆっくり過ごすつもりだ。
普通は、地元の友人と久しぶりに再会してという予定も組み込まれるのかもしれないが、複雑な事情がある克哉にとっては、その選択は初めからなかった。
Mr.Rに眼鏡を渡されもうひとりの自分を知って、その存在を認めて過去を取り戻した今では、あの時のクラスメイトや彼と再会したとしても、もしかしたら懐かしさすら覚えるほどに冷静でいられるのかもしれない。だが積極的にそうしようとは思わない。必要がないからだ。
あれこれ考えていたら、ホームに着いたことに気付くのが遅れた。危うく乗り過ごすところで、慌ててホームに降りる。
中学からは、ずっとこの駅から学校に通っていた。帰省は一年半ぶりだから特に懐かしさを感じることはないが、それでも生まれ育った地元の駅というのは、どこか格別に感じるものがある。
「克哉ー! おかえりー!!」
「うわ、恥ずかしっ」
駅を出るとすぐに、迎えに来た母親が手を振って克哉の名を大声で呼んだ。周りの人々にくすくすと笑われて、車を停めたところまで駆け寄る。
「克哉ー!」
「もう、恥ずかしいからやめてよ」
抱きつこうとした母親を、身を引いてかわす。つれない息子の態度に、母は唇を尖らせる。
「冷たい子ー。一年半ぶりの再会でしょー? ほら、お母さんの胸に飛び込んできなさい!」
「なに言ってんの」
久しぶりの息子との再会のせいかやたらにテンションの高い母に赤面しながら、後部座席に荷物を置いて、助手席に乗り込む。克哉が上京してから買い替えた母の車にははまだ慣れなくて、どことなくむずむずする。
「おかえりなさい、克哉」
「はい、ただいま。ご無沙汰しておりました」
「なんか疲れてるみたいだけど大丈夫? 無理してこさせちゃった?」
「えっ! い、いや、そんなこと、ないよっ! 全然! オレも帰ってきたかったし!」
「なんでそんなに慌てるの」
「慌ててないよ! 慌ててないよ!」
疲れの原因に後ろめたさを感じて動揺してしまった克哉を、変な子ねと訝しんで、実家までの道を走らせる。
駅から家までは車で五分ほどで、お互いの近況報告をしているうちに、久しぶりの我が家に到着した。
「あ、いいよ、オレ持つから」
「いいのいいの! 久しぶりにご帰宅の息子様はどうぞお楽に!」
「なにそれ」
ずっと上機嫌の母に苦笑して、玄関の前に立つ。
──さて。
「どうしたの? 克哉。入りなさい」
「うん……」
玄関前で突っ立ったままの克哉を、母は振り返って不思議そうに見ている。どうしようかと迷っていると、家の中から背の高い人影が出てくる。
「おお、克哉おかえり」
「ただいま」
克哉とよく似た父が、にこにこと息子の帰宅を迎える。小さい頃は似ていると言われてもよく分からなかったが、大人になった今では、顔立ちから体型から声から、本当にこの父に似たと思う。
「何してるんだ、入りなさい」
「うん……」
母と同じく不思議そうに克哉を見て、同じことを言う。もちろん入りたいのはやまやまだが、その瞬間もし万が一、この体がふたつに別れて、背後に眼鏡をかけたもうひとりの<克哉>が現れたら、両親はどうするんだろう。今日のこの日まで半身と何度が議論したことを、改めて思いやる。
「お父さん、お母さん」
「「はい?」」
ハモったふたりが、ますます不思議そうに克哉を見る。
「オレは、お父さんとお母さんのひとり息子です」
「「……はい」」
「オレは、お父さんとお母さんの息子に生まれたことを、誇りに思ってます」
「「……ありがとうございます」」
「愛情を一心に注いで育ててくれて、本当に感謝しています」
「「……いえ、どういたしまして」」
「オレがどんなふうになっても、お父さんとお母さんは、オレを変わらず愛してくれますか?」
「「……」」
息子の唐突な謎の問いかけに、夫婦は顔を見合わせて目をぱちくりさせる。
何言ってんのこの子はと一蹴されるかと思ったが、克哉の真剣な表情と雰囲気に、そうはできないらしいと感じ取ってくれたようだ。
「そりゃ……ねえ」
「お前は大事なひとり息子なわけだし」
「どんなになっても、私たちのかわいい息子だから」
「ん。何があっても愛すべき息子……ってなんだ、お前まさか、何かの病気にでもなったのか!?」
「ああああちが、違う違う! そうじゃなくて!」
顔面蒼白になった両親を、慌てて宥める。急にこんなことを言い出すんだから、そんな心配をさせてしまっても仕方がない。
「違います、そうじゃなくて、なんて言うか、ただ単純に。うん、ただの質問です」
「質問って……なんなのあんた。大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。ごめんね、びっくりさせて」
「変なことに巻き込まれてるとかじゃないのか?」
「そういうんじゃないです。ほんと、ただの質問。お願いします。答えて」
まだ不安げに憮然とする両親は、再度顔を見合わせて、なあ、ねえ、という表情をした。
「ああ。お前は、どんなふうでも何があっても、心から愛して止まない、お父さんとお母さんの大事な息子だ」
父がはっきりと、真っ直ぐに克哉を見つめて宣言する。その言葉に、思わず涙が浮かぶ。
ふと母を見やると、なぜか母も涙ぐんでいた。
「うん、うん。ありがとう、お父さん、お母さん。オレも、お父さんとお母さんが大好きだよ」
ぐしぐしと涙を拭って、玄関に足を踏み入れる。
大丈夫。お父さんとお母さんは、どんなふうでも、オレを、克哉を愛してるって言ったんだから。
心臓がばくばくしている。冷や汗すら出てきた。両親は克哉をじっと見つめている。
大丈夫、大丈夫と何度も繰り返して、玄関の扉を閉めた。
「…………あれ」
「「克哉?」」
「あれ……あれ」
きょろきょろとする克哉を、両親がこの上なく心配そうに見つめる。克哉を。ひとり息子で当然ひとりしかいない克哉だけを。
「あ、れ」
実家の玄関に入り扉を閉めたが、この背後には、眼鏡をかけたもうひとりの自分は現れなかった。いや、現れるとは誰も言っていないんだし、そもそも、恐らくは分裂はしないだろうと半身とも話していたのだ。
だから、ああやっぱり実家では分裂はしないんだと思っておけばいいのだが。
「は!!」
もし万が一にでも分裂したらどうしようという懸念から、今自分はものすごく、もんのすごく恥ずかしいことをしたような気がする。
なんだあれは。アメリカのホームドラマか。
「……あの、オレ、今なんか言ってた?」
「「はあ?」」
また両親が顔を見合わす。
「どうしたの、克哉。やっぱりあんたどこか具合でも悪いんじゃ」
「なんだ、なんでも言ってみろ。大丈夫だ。今言っただろう、お父さんとお母さんは、どんなふうでもお前を愛し」
「うわー!! それなし! 今のなし! ごめん! ごめんなさい! 全部忘れて!」
「「はあ?」」
「オレ! オレ、多分久々に帰ってきてなんかテンションおかしくなってたんだよ! いや嬉しくってさ! そ、そういうこと! あはは!」
「「……」」
顔が熱い。さっきとは違う意味で心臓がばくばくしている。恥ずかしい。真昼間の実家の玄関先で、親子の愛を確かめ合ってしまった。
恥ずかしいけど父の言葉は嬉しくて、だから余計に恥ずかしい。
お父さんとお母さんが大好きって。大好きって。いや好きだけど。好きだけど。
「もういいから! ね! ごめんね変なこと言って!」
「でも……」
「あ! オレお腹空いたな! 朝なんにも食べてないから!」
「ええ? ダメよ、ちゃんと食べて出掛けなきゃ」
「うんごめん。だからお昼にしよ! オレ作るよ!」
「克哉様のためにもうご用意してあります」
「ほんと! 嬉しいなぁ。じゃあ食べよ!」
息子の不可解な態度に納得がいかない顔をしている両親の背中を押して、無理矢理家の中に上がる。
テーブルの上のうな重に過剰に喜んでみせても、両親は終始不安げに克哉を見つめていた。
「ああ、なんか疲れた……」
お昼を食べていろいろ話をして、父の実家に行くまで部屋で横になりたいと言うと、そのほうがいいと激しく頷かれた。
階下の両親は、克哉はどうしたんだと早速話し合っているだろう。
やはり自分たちが分裂するのは、現在の住まいのあのマンション内でだけなのだ。余計な心配をしすぎて、両親にも心配させてしまった。
恥ずかしかったけれど、この年になってあんなふうに素直に親への感謝を伝えることはないから、ちょうどいい機会でもあったのかもしれない。
ひとまずは仮眠して落ち着こうと、二階の自室のドアを開ける。事前に母が掃除してベッドメイキングも済ませておいてくれていたのがありがたい。
「甘やかされてるなぁ」
かわいいひとり息子だもんな、とくすぐったい気持ちで、部屋に入りドアを閉めた。
「あ」
すると、背後から聞き慣れた、低い声がした。
「えっ! あ」
慌てて振り返ると、そこには克哉と同じ服を着て同じバッグを持った眼鏡をかけた半身が、なるほどといった顔をして立っていた。
「え、うそ、ほんとに?」
「部屋に入れば分裂するのか。親の前じゃなくてよかったというかなんというか」
<克哉>はひとりでぶつぶつ言いながら、バッグを床に置き窓を閉めてエアコンを付けたあと、ベッドの上に座る。
「なんだお前、ずいぶん恥ずかしいことしてたな」
「!! あれはだって!」
「大声出すな。今度は大声でひとりごとを言ってると、様子を見にくるぞ」
「っ、うー」
ベッドを叩いて隣に座るように促す<克哉>の横に、大人しく腰掛ける。
「分裂したらどうしようかと思って」
「その時はその時って言っただろう」
「そうだけど、一応予防線っていうか」
「これで学習したな。実家では部屋で分裂する。お父さんとお母さんはどんな克哉でも愛してる」
「わー! やめろって!」
真っ赤になって<克哉>の口を塞ぐ克哉に、<克哉>は肩を揺らす。
「親子の愛を確かめられてよかったじゃないか」
「あーもうあーもう恥ずかしい。あれご近所さんに聞かれてないよなー」
「玄関先なんだから大丈夫だろ」
「はー恥ずかしい」
両手で顔を覆う克哉の頭を、<克哉>がそっと撫でる。ちらりと横を見ると、にっと笑った<克哉>に抱き寄せられた。
「……分裂するんじゃん」
「そうだな」
「会えなくないじゃん」
「そうだな」
「……だったら、あんな、し、しなくても、よかったんじゃん」
「そうか?」
ちゅっと、額を吸われた。この家が建った子供の頃からずっと過ごした部屋で、もうひとりの自分と抱き合っているなんて、不思議な感じでなんだか照れる。
照れたのをごまかすように、<克哉>にぐりぐりとすり寄ると、その手が不穏な動きをみせた。
「あっ、バカ、やめろ」
「ん?」
「ん? じゃない。お父さんとお母さん下にいるのに、こんなとこで」
「親に隠れてこっそりなんて、燃えるだろ?」
「燃えない! やめろ。朝まであんなに、して、オレ疲れてるんだ」
「ん」
「んっ! んんっ、んー!」
「っ……おい」
「だめ!」
合わさった唇の隙間から潜り込んできた舌先を、ちりっと噛んでやった。いつもはすぐ流されてしまうが、今はそうはいかない。圧し掛かる体を強い力で押し返して、きっぱりと拒絶する。
「まったく」
今の攻防でずれた眼鏡をついでのように外して、<克哉>が身を起こす。
<克哉>がいつも、いやがる克哉を無視して強引にことに及ぶのは、いやがるのは単なるお約束のポーズで、克哉も本当はその先を期待していると分かっているからだ。
こうしてきちんとはっきり拒否をすれば、そこから無理矢理進めることはない。
「もう。お前はすぐ下半身下半身なんだから」
「ふん。そんな俺が、好きなんだろ?」
「言ってろバカ」
タオルケットに包まって、にやける<克哉>に背を向けて横になる。すかさず<克哉>が、後ろから抱きついてきた。
「狭い」
「我慢しろ」
耳元で言われて一瞬ぞくりとしたが、気付かなかったことにする。
冷えるからと<克哉>にもタオルケットをかけてやって、狭いベッドの上でぎゅうぎゅうに密着して、暫し体を休めた。
一時間ほどで目が覚めて、両親とまたいろいろと話をしてから、墓参りに行った。
帰りに、新しくできたという道の駅に寄って、ソフトクリームを買って三人で食べた。なんだか子供の頃に戻ったようで、楽しかった。
この約半年間、いろんなことがあって、克哉の周辺は大きく様変わりしたが、こうして生まれた家に帰れば、変わらず両親が迎えてくれて、変わらず愛情を与えてくれる。
ああ、すごく幸せだなとなんだか感激して泣きそうになっていたところを母に見られて、また心配させてしまった。
ごまかせば余計に心配させてしまうだろうから、今思ったことを照れながらも素直に伝えると、目を潤ませた母がぐりぐりと頭を撫でて、微笑む父に頬を優しくつままれた。
午後六時を過ぎて、一度母の実家に寄って、祖母とおじおば、いとこたちに挨拶をして、祖父と先祖に手を合わせてから父の実家に向かった。
父方の祖父母は、八十も半ばだがどちらもまだまだ元気で、久しぶりに会った孫をでれでれと迎えてくれた。
すでにこれる親戚のほとんどが集まっていて、熱烈に歓迎されて気恥ずかしかった。
子供たちもみな大人になって、上京したり別の地方にいたり、既婚者も増えたせいでこうして祖父母の家に親戚が集まることもなくなっていたが、かわいがられた一番下が結婚という一大事に、若干の野次馬根性も手伝いそれなりに集まった。
主役のふたりがくるまで、MGNに引き抜きで転籍した克哉が話題の中心となってしまって、からかわれて羨ましがられて、用意された食事をまともに摂る暇もなかった。
満を持して登場したふたりには、一同が手拍手で迎えて、従妹は爆笑した。
前に会った時は高校生だった従妹も、すっかりきれいなお姉さんになっていて、がちがちに緊張していたそのお相手は、頼りがいのありそうな精悍で誠実な好青年で、一同は口を揃えて、いい男だいい男だと繰り返した。
途中でほろりとする場面もありつつ終始笑い声に包まれた佐伯家の宴は、同じように笑い声の漏れる近隣の家々と共に、遅い時間まで続いた。
家に帰るともう日付が変わる頃で、あまりにも盛り上がりすぎて体が熱っぽい。
先にお風呂入っちゃいなさいという母の言葉に甘えて、着替えを取りに二階へ上がった。
「はー、つっかれたー」
「盛り上がりすぎだろ」
「あんな集まるの久々だからなー。みんなテンションおかしかったな」
同じバッグから同じ着替えを取り出して、部屋を出ようとすると、いきなり<克哉>が後ろから抱きついてきた。
「わっ! ちょっと!!」
「俺もテンションおかしい」
「お前がおかしいのはいつものことだ! は、な、せ!」
「少しだけ」
「っ、や、やめっ」
首筋に吸い付いてきた<克哉>に、肘鉄を食らわせようとしたその時。
「うい~」
「!」
部屋の外で父の声がして、体が跳ねた。
「お父さーん。ちゃんとベッドで寝てねー」
「うい~」
克哉を上回る酒豪のはずの父も、久しぶりの集まりで高揚したらしく、今日はべろべろに酔っ払っていた。
どこかにぶつかったような音が何度かしたが、静かになったところをみると、無事に寝室まで辿り着いたようだ。
「びっくりした……」
仮に入ってこられても、その瞬間に体がひとつになるだろうから焦ることはないのだが、それでも、分裂している時に人の気配を感じるのは精神衛生上あまりよろしくない。こんないかがわしい雰囲気になっている時には、なおさら。
「もうっ。離せっ。お風呂、入るぞ」
さすがの<克哉>も思わず腕を緩めた隙に、体を捩じって拘束から逃れる。
「はいはい」
適当に返事をしながらまだちょっかいを出そうとする<克哉>の手をはたいて、ぷりぷりしながらドアを開けた。
実家の風呂にゆっくりと浸かって、上がるともう十二時半を過ぎていた。
入れ替わりに洗面所に入る母におやすみを言って、階段を上る。
両親の部屋から何かの工事中のような父のいびきが聞こえてきて、これお母さん寝られるの? と心配になる。
「お父さんすごいいびき」
「ああ」
部屋に入ればその高いびきはほとんど聞こえず、こっちはちゃんと眠れそうだとほっとした。
「お風呂入ったら一気に眠くなってきた。オレもう寝るよ」
「んー」
携帯のメールチェックをしている<克哉>に、あくび交じりに言う。ベッドに横になると、すぐにまぶたがくっついた。
とろとろとしていると、明かりが落とされて背後に<克哉>が潜り込んでくる。
「メールきてた?」
「本多から」
「なんだって?」
「海だと」
「あー、あいつ静岡だもんな」
「ん」
ぎゅうっと抱きしめた腕が心地好い。もうあと一瞬で眠りに落ちそうなぼんやりした頭に、今日の出来事がなぜか走馬灯のようによぎって、おかしくて噴き出した。
「なんだ」
「ん、今日、帰ってきてよかったなと思って」
「ん?」
「変わんないよな、みんな。そりゃ成長してたり老けたりはしてるけどさ、でも同じっていうかそのまんまでさ、なんか嬉しくなった」
「俺たちは変わったって言われたけどな」
「ふふ、そうだな。でも、オレたちだって変わってないんだよ。ずっと同じ。ただ、昔とは少し違うだけ」
「変わるも違うも一緒だろ」
「違うよー。なんかこう……ニュアンス?」
「なんだそれ」
笑って、首筋に鼻先をこすり付けてくる。くすぐったくて首をすくめると、今度はうなじに吸い付かれた。
「もう、くすぐったいって」
わざとくすぐるように唇を落とす半身から逃れようともがいたけれど、その動きを利用して体を逆向きにされてしまった。すぐ目の前に眼鏡を外した<克哉>の顔があって、不覚にもきゅんとした。
「今ときめいただろ」
「……ときめいてない」
見抜かれたのが悔しくて尖らせた唇を、当然のようにちゅっと吸われた。
額を付けて見つめ合うと、なんだか泣きそうになってくる。
「どうした?」
「変わらないんだよな」
「ん?」
「オレも、お前も。生まれた時と、別れたあの時と、今は少し違うけど、佐伯克哉はずっと変わらないんだ」
ふたつに別れて、出会って、在りかたも環境も大きく変わって。でも自分たちは変わらない。
同じ佐伯克哉だから、例え少し違っても、ずっとこうしてふたりでひとつのままでいる。そしてずっと想い合う。それだけは絶対に変わらない。
「ああ、ずっと変わらない。俺たちの在りかたも、想いも」
「うん」
「お父さんとお母さんが、克哉を変わらず愛してくれているように」
「ぶっ。それはもういいって」
せっかく甘く切ない気分になっていたのに、恥ずかしい迷場面をまた持ち出されて笑いが込み上げる。
ふたりで笑い合って、何度も触れるだけのキスを交わしていると、さっきまでの泥のような眠気がどこかに行って、代わりに別の気が体の奥で燻り始めてくる。
「ん」
ほんのコンマ何秒長めに唇を吸っただけで、<克哉>は敏感に克哉の変化を感じ取って、シーツに肩を押し付けて覆い被さってくる。
「眠いんじゃないのか?」
「眠い」
「じゃあ寝るか?」
「うん、寝る」
意地悪く笑う半身の頬を両手で引き寄せ、唇に噛み付く。同じタイミングで舌が差し出されて、濃厚に絡み合う。くちゅくちゅと音が響いて、部屋の外に聞こえてしまうんじゃないかとどきどきする。
「お父さんとお母さんがいるのに?」
「……うん」
「隠れてこっそりなんて、燃えないんじゃなかったか?」
「ん、もう、いいからっ」
自分からはすぐがっつくくせに、克哉からその気になると、わざと引いて焦らす。うらめしい半身を睨んで肩に爪を立てると、ものともしない<克哉>が蕩けそうに優しく笑った。
「ん、ん、んう」
柔らかい舌が唇の縁をなぞって、また差し入れられる。弱い上顎をくすぐられると、我慢しようにも声が勝手に漏れてしまう。
「あふ、あ……」
「声、我慢しろ」
「んっあ。や、無理」
だったらそんな耳元で囁かないでほしい。
注ぎ込まれた熱い吐息にびくびくと震える克哉に<克哉>は苦笑して、顔中に唇を落としてくる。
「まあ、あのいびきだったら、多少声出しても大丈夫か」
「んっ」
首筋に歯を立てられて、小さく体が跳ねる。パジャマのボタンをひとつずつ外して、はだけた胸元に跡が付けられた。
「あ、<俺>……」
「とはいえ、なるべく抑えろよ?」
「ん。それは、お前、次第……」
なんだかやたら甘ったるい返しをした気がするが、思考がまともに働かないからよく分からない。
唇を噛んで手の甲を押し付けてみるが、尖った乳首をじゅっと吸われて、全身を巡った電流に鋭く声が上がって意味がない。
「あ、ちょ、手加減、してっ」
乳首を舌で転がして指先で捏ねて、すっかり脈打つ塊を揉み込まれて、いつもと同じ容赦のない<克哉>の攻撃に、いつもと同じくあられもなく嬌声を上げてしまいたくなる。
「手加減していいのか?」
胸元からにやにやと見上げる<克哉>がいっそ憎い。
「んっ、だっ、て、声、出ちゃ……」
「我慢できない?」
こくこくと頭を縦に振ると、這い上がった<克哉>に抱き直されて、そっとくちづけられた。
「ん、ん」
口の中いっぱいにゆっくり舌が動かされて、柔らかく吸われる。奪うような激しいくちづけではなく、じっくりと味わわせるようなくちづけが、克哉を甘く包む。
そっと掬われた舌を、克哉もそっと絡めると、ふたりの口腔内でぴちゃりと小さく音がする。水音を響かせないように、声が漏れないようにゆっくりと施される愛撫に、快感が体の奥から静かに染み出してきて気持ちがいい。
「んー」
「ん。これなら、いい?」
「うん……」
とろとろに蕩けて頷くと<克哉>が目を細めて、ちゅっちゅっちゅっとリズムを刻むように何度も啄ばまれた。
ゆっくり、ゆっくり、もどかしいくらいに<克哉>の唇が体を這う。
勃起しきって滴を零すペニスに指が絡まって、ゆるゆると扱かれる。腰を揺すってもっととねだると、親指で先端を押し潰されて、弾けた滴が音を立てる。
「きもちい……」
「ここも?」
「っ、ん、そこも」
真っ赤な突起をやはりゆっくり吸われて、脊髄がじんわり痺れる。
焦らすためではない緩やかな愛撫は、快感の波が全身に穏やかに打ち寄せてきて、時間をかけて理性が徐々に削られ丸く小さくなっていくようだ。
「たまにはこんなのもいいな」
「ん……は」
「帰ったら、もっとじっくりやってみるか?」
「……うん」
甘い誘いを素直に受けると、脚の間まで下った<克哉>が嬉しそうに笑って、手を添えた克哉の屹立に殊更ゆっくり舌を這わせた。
「んっ、あ」
さすがにそこを刺激されると声が漏れて、口に手を当てて必死で耐える。
「がっちがち」
「ば、か」
銜えたままからかう<克哉>の髪を引っ張ると、いたずらっ子のような目をした<克哉>が、先端だけを含んできつく吸い込んだ。
「やあっ!」
思わず悲鳴が上がって、反射的にドアのほうを見る。
「あーあ、我慢しろって言ったのに」
「ばかっ、ばかっ」
「はいはい悪かった」
「ひっ!!」
口では悪いと言いつつ、一番弱い部分に吸い付かれて、派手に声が上がりそうになったのをなんとか耐えた。
泣きそうな顔で<克哉>を睨んだが、さらに<克哉>を喜ばせるだけだった。
「どうしても声が出るなら……」
ずいっと一気に克哉の目の前まで這い上がった<克哉>が、克哉の手を取る。
「塞いでやらないと」
「あっ」
手を引かれた先に<克哉>の硬いものが触れて、ぞくりと震える。浮き出た血管の感触が指先にはっきりと伝わってきて、硬さと熱さに喉が鳴った。
「ん?」
「……ばか」
承諾の代わりに下唇を噛んでやると、お返しに鼻先に噛み付かれた。
男ふたりが寝るには狭いベッドの上で、克哉が<克哉>を跨いで、互い違いに重なる。
お互いなるべく音を立てないように慎重に奉仕しているのがなんだかおかしくて、少し笑ってしまった。
「なんだ、余裕だな」
「っ!!」
言葉と同時に、ひくつき始めていた窄まりに指が入ってきた。あらかじめ唾液と先走りでよく濡らしたのか、二本の指が根元まで簡単に進んで粘膜を引っ掻く。
刺激を与えすぎないように緩やかに動かされるが、逆に粘膜全体を余すことなく大きく擦ることになって、指の動きが余計に知覚されて気持ちよくてたまらない。
「あ、あ、あっ」
声を抑えるのもすっかり忘れて、動きに合わせて腰を振って快感に酔う。
「ほら、ちゃんと塞いどけ」
腰を揺すって銜えろと促されて、霞んだ頭の片隅でそうだったと思い出す。
反り返って腹に張り付くペニスを震える手で掴んで口に含んだものの、大きく掻き回す指としつこい舌使いが気持ちよすぎて、銜えたままどうすることもできない。
「んあっ、も、だめ、だめ、中、だめ」
もうどうにも限界で、泣きながら<克哉>の腿に額をこすり付けるように首を振る。
「ここ欲しい?」
「んっ、は、欲し、欲しい」
握った<克哉>のものを激しく擦って、淫らな願いを言葉で行動で伝える。扱くたびにちゅくちゅくと大きく音が立つが、分かってはいても手が止まらない。
「入れてやるから落ち着け」
歯止めがきかなくなった克哉をからかって、<克哉>が克哉の下から抜ける。四つん這いで震える克哉を抱いてシーツに横たえて、<克哉>が克哉を後ろから抱きしめる、眠る時のいつもの体勢になる。
「興奮しすぎだ、お前」
「ん、だって……」
「親がいるっていう背徳感が燃えるのか? ゆっくりじっくりが燃えるのか? ああ、両方か」
「うるさいもう……いいから早く……」
いじめる半身の腕に爪を立てて、腰を後ろに押し付けてねだる。
「飛ぶなよ?」
「うー、頑張る」
克哉の妙な返事に笑いながら、脈打つ入り口に<克哉>の熱があてがわれる。入れやすいように脚を上げて<克哉>の脚に絡めると、先端が少しずつめり込んできた。
「んーっ」
「ゆっくり……」
「うん、うん」
克哉の意識が飛び散らないように、ゆっくり静かに押し進められると、<克哉>の硬さや形の細部、それに絡み付く襞の蠕動、体内のどこまでが満たされたのかがよく分かって、それを感じるだけで気持ちいい。
魂と体を分けた半身が、自分の中に入ってひとつに繋がる。体がひとつでは決して得られない、ふたつに別れたからこそ味わえる快感と幸福感。
「はぁ……<俺>……」
根元がまでが全て収まって、<克哉>の淡い茂みが入り口に触れてくすぐったい。
「俺が声出しそう」
「ん、いいよ……いっぱい鳴けよ」
いつも<克哉>が言うようなことを真似ると、<克哉>が笑って、克哉の首の下に差し入れた腕を僅かに持ち上げる。すぐに意図を汲み取り、頭を持ち上げ振り向いて、首を伸ばした<克哉>の唇に吸い付く。
「ん」
「ん、ん、ふ」
やはりゆっくりじっくり、まろやかなキスをして見つめ合う。気持ちよくて、幸せで、体が蕩けてなくなってしまいそうだ。
「だいすき」
「ああ」
もう一度キスをして、微笑み合って、体勢を戻す。
「動くぞ」
「うん……」
一番奥まで満たしていた塊が、入ってきた時と同じスピードで引き抜かれる。襞がひとつひとつめくり上げられる感触に、顎が上がって鳥肌が立つ。
「っ! ん、んあっ」
「大丈夫か?」
「ん、ん、だい、じょぶ……」
シーツにしがみ付いて、染み出す快感に耐える。
捏ねるような抽送を繰り返すと、繋がった部分から、自分たちではどうにもできない卑猥な水音が動くたびに響く。
「すごい、っ、きもちいい」
「ああ、すごいな」
腰を掴んだ<克哉>の手に指を絡めてぎゅっと握ると、<克哉>も握り返してくれる。
「<俺>、ん、<俺>っ」
<克哉>から溢れる先走りが、克哉の中を濡らしてさらに大きく音が立つ。ただでさえいつも性感を煽るその音が、部屋の外まで聞こえてしまうんじゃないかと思うとさらに煽られる。
「あー、中、出したい」
「っ、あ、だめ」
「分かってる。出さない」
「ん、く」
「残念?」
「ふ、あ、ばか」
克哉だって、半身の熱い迸りを体の中で受け止めたい。だがここは実家で、きちんと後処理をしたとしてもいろいろと心配が残る。
「ゴム、持ってくればよかった」
拗ねた子供のような口調でぼそりと言って、克哉の脚を持ち上げて正面に体を起こし、正常位になる。
出し入れするスピードが少し速まって、<克哉>の腰が克哉の尻房を打つ。
「あ、っう、んんっ」
強まった刺激に唇を噛んで目を閉じると、<克哉>の手がまぶたを撫でて、こっちを見ろと促される。
「っふ」
ぎらぎらと欲に光った淡い瞳が、克哉を見つめる。それだけなのに、見つめられているだけなのに、ともすれば克哉の体内を擦り上げて強烈な快感を与えているペニスによりも感じてしまう。
「や、や、いっちゃう……」
愛しい半身の瞳に、一瞬で飛んでしまいそうになったのを、<克哉>の腕に爪を立てることでなんとか繋ぎ止める。
<克哉>の手が、限界まで張り詰めて震える克哉の屹立に触れようとして、それはだめだと慌てて首を振る。
「む、り、無理っ」
今の状態でそんなことをされたら、ただでさえアウト気味なのに、声を抑えるなんてできるはずがない。
「はいはい」
苦笑して、触るのは諦めてくれて、両手で膝裏を掬い上げ身を乗り出しさらに深くまで繋がる。
掻き交ぜる卑猥な音がひっきりなしに甘く耳を打って、いやらしくて気持ちがいい。
「あ、あ、あっ、いくっ」
「っ、俺も、もう」
「いっしょ、に」
「ん」
視線を合わせたまま、がくがくと揺さぶられる。もう遠慮なしに追い込む腰使いが、頭を白くさせる。
硬くて熱いもので散々に抉られる内部が爛れたように熱くて、気持ちいいのかむしろ痛いのか分からない。
「あっ! いっ……!」
最奥を打ちつけたものが、内臓ごと抜き去るように入り口まで引かれた瞬間、克哉の体が大きく跳ねて、膨れた先端から精がしぶく。止めどなく溢れるそれが、克哉の腹の上を汚す。
「うっ……」
克哉が達するのと同時に、中から引き抜いた<克哉>も克哉の腹に、胸に白濁を飛ばす。克哉よりも長く精を零しているのが、そんなに感じてくれたのかと嬉しい。
「あ、あ、や」
解放の喜びに震えるふたりのペニスを<克哉>がまとめて握って、強く扱いて最後の一滴まで吐き出させる。達した直後の敏感すぎる粘膜に与えられる刺激に、勝手に体が小刻みに跳ねる。
「は、ふあ……」
荒く息をついて、暫し余韻を味わう。爪を立てたままだった手を緩めると、<克哉>の腕にはっきりと赤く跡が付いてしまって、ごめんと謝ると小さくキスされた。
「あ」
ついいつものくせで、サイドチェストの上に手を伸ばそうとしたが、実家の自室にはそんなものはなく、一度ベッドから降りた<克哉>が、学習机の上のボックスティッシュを持ってくる。
「ティッシュずいぶんいっぱい使ったと思われる」
「ばかっ」
意味ありげににやつく<克哉>の手をばちんと叩く。
濡れた諸々をきれいに拭き取って、改めて息をついてぎゅうっと抱き合う。
「すき、好き、だいすき」
「ん」
最中は声を我慢するために言えなかった言葉を、くちづけの合間に何度も囁く。あまりにも言いすぎて、顔を赤くした<克哉>に、もういいからと止められるほどに。
「……すき」
「お前はっ」
「んんっ」
照れている顔がかわいくて、見つめながらわざともう一度言うと、噛み付くようなキスをされる。
めちゃくちゃに舌を絡めるキスは、繰り返すうちにゆったり甘いキスに変わる。
「さすがに、眠い……」
「ああ」
解放感と、幸福感と、甘く纏う愛しさが、追い出されていた睡魔を呼び戻す。
向かい合わせに抱き合って、また何度か唇を合わせて、お互いの髪を撫でる。気持ちよくて、まぶたが蕩ける。
「すき」
眠りに落ちる間際、小さく呟くと、<克哉>が笑った気配がした。
目覚めると、いつもと違う風景に一瞬驚いたが、そういえば帰省していたんだと思い出す。
<克哉>はもう起きていて、本棚に残る図鑑を一生懸命見ていた。
「おはよう」
「おはよ。うわ、もう十時」
慌ててベッドから降りて、着替えをする。いろんな疲労感で若干体がだるいが、ぐっすり寝たせいか頭の中はすっきりしている。
「なんの本?」
「にんげんのからだ」
「……」
「なんだ?」
「別に」
着替えを終えるとすぐに絡まってきた半身を受け止めながら、ふと思う。
「お前さ、お父さんとお母さんに会わないの?」
「は? 会ってるじゃないか」
「いや、お前としてだよ。分裂したらびっくりするどころじゃないだろうけど、眼鏡かけてるくらいならどうってことないだろ」
「……」
「な?」
「面倒だ」
「すぐそれだ。親孝行するんだろ?」
「……」
暫く黙ったあと、<克哉>は大きく溜め息をついた。
顔を洗って髪を整えて、ひと呼吸置いてからリビングに入る。
「おはよう」
「あ、克哉おはよう……ってあんた、眼鏡なんてかけてたの?」
「たまにな」
見慣れない息子の姿に、母が早速突っ込んでくる。
「目悪かったっけ」
「いや。気分転換みたいなもんだ」
「なんだ、眼鏡男子ってやつか」
「……違う」
「もて狙いか? もてるためか? そうだろ、もてるためだろ」
「違うって」
「彼女がいるとか言ってたくせに、もてたいのか。別腹か」
「ちょ、やめっ」
父にわさわさと頭を掻き乱されて、<克哉>が抵抗する。こういう半身はまず見られないから貴重だ。
「お父さん、やめなさい」
「親子のスキンシップじゃないか。なあ克哉」
「はあ」
乱れた髪をうんざり顔で直しているが、心の中では全然いやがってなくて、ちょっと嬉しそうだ。やっぱり会わせてよかった。
「お母さん昨日寝られたの」
「昨日は和室で寝ました。あんな大工事してる中で眠れるわけないもの。克哉は大丈夫だった?」
「部屋に入ればほとんど聞こえなかったから」
「すみませーん」
父がおどけて謝るのを、母が睨む。
暗に声や音を聞かれてないかの確認だったが、どうやら大丈夫なようだ。
ご飯でいいかと尋ねる母に頷いて、久しぶりに母の味噌汁を味わった。
特に何か手伝うこともなく、午後になると暇を持て余した。
友達には会わないのと言われたが、適当にはぐらかした。
どこかに出掛けようかという提案には、克哉と違って<克哉>はこの年になって親とお出掛けが恥ずかしいらしく、行きたいところもないから断った。
草バレーをしている父の自慢話に付き合ったり、母の育てた花に感心したり、部屋で分裂してキスしてみたり、ひきこもった帰省ながらも満喫した。
「楽しかったな」
あとは夕食を食べて帰るだけだ。ベッドを整えてカーテンを閉めて、帰路に着く準備をする。
克哉と<克哉>が分裂するようになって初めての帰省は、これまでの帰省と違ってなんだか感慨深かった。
「正月も帰ってこような」
「そうだな。分裂するって分かったことだし」
「そういうことじゃなくて……」
呆れると、腕を引かれて抱き寄せられる。
「大事なことだろう?」
「……うん」
赤くなって頷くと、返答に満足した<克哉>がくちづけてくる。
「ん、ん」
出張や泊りがけの仕事で会えないことは今まであったし、一晩くらい会えなくたってと思っていたが、両親のそばにいて愛情を注がれていると、無性に半身が恋しくなることが分かった。
もしこの帰省で分裂しなかったら、半身に会いたくて会いたくて会いたくて、おかしくなっていたかもしれない。
ひとりでも平気だったのに。ひとりのほうがいいと思っていたのに。ずいぶん自分は弱くなった。
「んんっ」
胸が苦しくなって、<克哉>にきつく抱き付く。何かを感じ取った<克哉>が、逆にそっと優しく背中を撫でて、ますます苦しくなって涙が出る。
「<俺>……」
唇を離してねだる声を出すと、<克哉>が首筋に吸い付く。
柔らかな感触に仰け反って身を委ねようとすると。
「克哉ー。ご飯できたぞー」
「!」
部屋の外で父が呼んで、体が跳ねる。ああ、これはなんだかものすごく覚えがあるような。
「は、はーい。今行くー」
ふたりで顔を見合わせて笑い合って、改めて部屋を確認して、バッグを持ち上げる。
今日の夕食は、母が克哉の好物ばかりをこれでもかと作ってくれている。先程台所で見た食材の量からするに、完食には時間がかかりそうだ。
それだけ、なるべく長く克哉を留まらせたいのだろう。息子の思い上がりかもしれないが、きっとそうだ。
もう一度軽くキスをして、また暫く離れてしまう、大好きな両親から愛情を浴びせられるべく、部屋の扉を開けた。
田舎に帰ろう! ☆
2012.08.15