BM=バカ眼鏡
クッションに座って膝を抱えていた<オレ>が、突然ぐあーと妙な声を出して伸びをした。
「悪魔でも産まれたか」
「悪魔ならオレの後ろのソファに座ってるよ」
「おい」
「せーなーかーいーたーい」
駄々っ子のような物言いをして、体を捻って関節をばきばき鳴らす。
「それ危険なんだぞ」
「背中痛い。腰痛い」
「ソファーに座ればいいだろ」
「もう少し前で見たい」
さっきからこいつは、テレビでやってるミステリー映画を真剣に見ている。国内外の数々の映画賞を総嘗めにした有名な邦画で、内容も結末もある程度は知っているが、俺達が生まれた頃に公開されたこの作品を今の今まできちんと見たことはなかった。
夢中になりつつもCMに入ると気が抜けるのか、同じ姿勢で固まった筋肉を手で揉み解す。
「あー、座椅子欲しいかも」
「ソファーあるだろ」
「ソファーじゃそこが固定位置だろ。動かそうと思えば動かせるけど、こういうもうちょっとこっちに座りたいって時は座椅子あったら便利じゃん」
「はあ」
「コンパクトな折りたたみのやつとかでいいんだよ。あー、欲しい。座椅子って言うか背もたれだよ背もたれ。背もたれ欲しい」
背もたれ。と聞いて、俺の頭に浮かぶことはひとつだ。
「背もたれならある」
「えー、そんなのあった?」
そろそろCMが明けると踏んでテレビに向き直って言う<オレ>にそっと近づき、後ろから抱きしめる。
「わっ! なにす」
「背もたれ、欲しいんだろう?」
理解した<オレ>が、赤くなって口をぱくぱくさせる。
「世界最高の背もたれだぞ」
「……言ってて恥ずかしくない?」
「なにが?」
色づいた頬をちゅっと吸うと、ますます真っ赤になってなにやらごにょごにょ言っている。
「お、CM終わった」
「ん……」
耳元で小さく言うと、<オレ>の体がぴくんと跳ねる。
「この映画、ここからの演出と脚本が一番評価が高いとこだからな。よーく見ておかないと」
「う、うん……」
力をいれて抱くと、俺の腕をぎゅっと掴む。その手が、僅かに熱い。
<オレ>に気付かれないように薄く笑って、耳の後ろに鼻先をもぐらせると、<オレ>がごくっと喉を鳴らした。
テレビの中では、息詰まる怒涛の展開が繰り広げられている。なるほど、未だに新たなファンを作り続けているのも頷ける構成だ。
だが腕の中の<オレ>は、そんな目の離せない展開を見ているんだかいないんだか、体をもじもじさせて落ち着かない。
まったく、背もたれのおかげでもう体は痛くないんだから、ちゃんと集中して見ろ。
映画が終わったら、どのシーンが一番よかったか、どの台詞がよかったか論じ合おうじゃないか。なあ、<オレ>?
BM ○
2012.06.18