so horny ☆
エロ有  ノマ視点+最後眼鏡視点
072




 まずおかしいなと思ったのは、家に帰ってきて着替えをした時。
 スーツからラフなルームウェアになって、ふとあいつを見た時、あれ、と。
 ちょうどシャツを着る瞬間の、裸の背中。盛り上がった筋肉。伸びた脇のライン。
 それはすぐに濃紺のシャツに隠れてしまったから、その時は、今のはなんだろうとちらりと思っただけだった。

 そういうことかと思ったのは、晩ご飯を食べてる時。
 今日はあいつのリクエストでそばめしを作って、はふはふと食べてる時、あ、そっか、と。
 スプーンを持つしなやかな指。開いた唇。冷ます息遣い。満足げな表情。
 いつもならどんなにごまかそうとしてもすぐに悟られて、詰られてからかわれて、もうめちゃくちゃにされてしまうけど、あいつの頭の中は今週始動したばかりの新規プロジェクトのことでいっぱいらしく、食事を飲み込む以外に喉を鳴らしたことには気付かれなかった。


 後片付けをしてコーヒーを飲みながら、ダイニングチェアの上で膝を抱えて、突然襲ってきた悪魔をなんとか追い出そうと必死に格闘している。
 欲求不満なわけじゃない。むしろ……満たされている。いや満たされすぎだ。
 だって昨日も刑事ドラマを見ているうちになぜだかそういうことになって、時計の針が揃って真上を向いてさらに少し右に傾くまで、ソファを汚し床を汚し、自分たちでしたことなのに自分たちで引くくらいの有り様になってしまった。
 だから今日はしない。
 それに、あいつはプロジェクトの追加項目を思い付いたから今のうちにまとめておきたいと言って、さっきから寝室のパソコンデスクの前に張り付いている。
 家に仕事をなるべく持ち込まないのがいつの間にかふたりの決まりごとになっていたけど、このプロジェクトの企画立案者はあいつで、初めてリーダーも任されたから入れ込むのも仕方ない。
 あいつはほんとにワーカホリックというか生真面目というか、普段は意地悪でバカでオヤジなエロ眼鏡のくせに、そういうところはほんとにかっこよくて惚れ惚れしてしまうから困る。
 そんなあいつの邪魔はしたくない。
(もう。なんで急に……)
 昨日濃厚に絡まったソファにはいられなくてこっちに座っているのだけれど、そんなに広くはないリビングダイニングではどうしても視界にソファが入ってきて、昨日のあんなことやこんなことが勝手に頭の中に浮かんで苦痛すら感じる。
(どうしよう……トイレで、して、こようかな)
 それが一番手っ取り早い。でもちょうどあいつがトイレにきたり、終わったあとに入られてばれたりしたら恥ずかしすぎる。
(あいつが仕事してる時に、オレはこんな……情けない)
 どうやら悪魔には勝てないみたいだ。体の奥がずきずきして、頭がぼうっとする。
 あいつにされたことを、詳細に思い出す。どれだけ気持ちよくされたか。あいつがどんな顔をしていたか。
(あ……)
 想像だけなのに、肌の上に一瞬あいつの手の感触がした。そう思うと、止まらない。
 実際に触れられているように、あいつを感じる。
 激しく求めるくせに、そっと包む。
 気持ちよくて、愛しくて、我を忘れていやらしく喘ぐ。
(んっ、だめっ……)
 熱を持ち始めた中心が、下着の中で擦れた感触にぎゅっと目を瞑ったその時。
「おい、<オレ>」
「!!!!!」
 <俺>が寝室から顔を出して、びっくりしすぎて椅子から落ちそうになった。
「どうした。大丈夫か」
「だっ、大丈夫! いいい居眠りしてたっみたいっ」
 微妙なごまかし方だ。頼む。騙されてくれ、<俺>。
「なら先に寝ろ。俺はもう少しかかる。こっち移動するから」
 騙されたみたいだ。仕事バカでよかった。
「でも、お前まだ仕事してるのに」
「そんなのいい。風呂入って寝ろ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
 <俺>はこくんと頷いて、また寝室に入る。
(心臓止まる……)
 <俺>には悪いけど、そうさせてもらう。膨れた股間も、びっくりしたせいでちょうどよく引っ込んだ。
 ノートパソコンと書類を抱えた<俺>がリビングに移動してきたのと何食わぬ顔ですれ違って、熱く息をつきバスルームに向かう。
 お風呂場でなら……いいだろう。


 熱いシャワーをざっと浴びて、全身が映る鏡の前で、自分の裸体をじっと見る。
 別に何も思わない。当たり前だ。自分の裸なんだから。
 でも、オレと全く同じ、あの半身の体にならどうしてあんなに煽られるんだろう。
 多少……部分的な違いはあるけれど、オレと<俺>の体は一切が等しい。
 同じ体で、同じ顔で、同じ魂の同じ人間。
 それなのに、あいつの滑らかな肌を目にするだけで、体の奥がざわざわして、頭の中がそれだけでいっぱいになってしまう。
 鏡と額を突き合わせて、鏡の中のもうひとりの自分と間近に見つめ合ってみる。中にいるのは当然オレで、自分に見つめられたからって、なにがどうなんてありはしない。
(<俺>……)
 オレと同じだけど、不思議とオレより淡い気がするあの瞳に射抜かれた瞬間に溢れる感情。
 愛しくて、苦しいくらいに切なくて、別れた体をひとつに繋げて、気持ちよくして、気持ちよくされて、溶け合って、混じり合って、欲しくて欲しくて、堪らなくなる。
(っ、<俺>っ……)
 オレの目の奥底に、<俺>の瞳の色が見えた一瞬、ずくん、と、全身の血が沸騰した音が聞こえた。
「んっ」
 下腹にそっと手を伸ばして、今の一瞬のうちに頭をもたげた猛りに触れる。やっと刺激を与えられたそれが、喜んでさらに膨れ上がる。
 <俺>が触れてるみたいに、自分の手を動かす。同じ体のオレたちは、気持ちいいとこも同じだから、いつも<俺>はそこを的確に嬲って、時に焦らして甘く責め立てる。
「ん、ん」
 つるんと張り詰めた頭の部分を掌で捏ねて、指で輪を作って根元から扱く。括れを指先で引っ掻くと、もう先端から滴が染み出してくる。
「ぁ、んんっ」
 <俺>の動きを真似てると、本当に<俺>にされてるように感じてくる。
 同じ体を持つならば、この手は<俺>で、気持ちよくしてるのも<俺>だと思ってしまえば、それだけで快感が何倍にも増す。
 着替えた時の、裸の背中。食事の時の、開かれた唇。仕事をする真剣な顔。オレを見る目。あいつのあらゆることを思い出して、追い上げていく。
「はっ、は、あっ」
 自分の手を<俺>だと思い込んで、<俺>を妄想して、仕事中の<俺>に隠れてお風呂場でこんなことをしてるなんて、自分の変態さ加減にうんざりするけど、どうにも気持ちよくて止められない。
 鏡に映るオレは、欲情しきって、自分でもぞっとするほどいやらしい顔をしている。いつもこんな顔を<俺>に晒しているのかと思うと恥ずかしくて堪らないのに、その羞恥すら興奮材料でしかない。
『そこだけで、いいのか?』
「あっ」
 耳元で、するはずもない<俺>の声がした。熱い吐息までも感じて、手の中の熱が大きく震えた。
 分かってる。さっきからずっと、脈打ち続けてるのはここだけじゃなくて。
 腰を突き出して、先走りに濡らした片方の手を後ろに回す。狭間を伝ってその先に触れると、粘膜が無意識に引きつった。
「ん……」
 なにもしてないのに柔らかく解れたそこを、中指で捏ねる。待ち侘びる内側の襞が、早く早くとうごめいたのが分かった。
『いやらしいな、<オレ>』
「あ、あ」
 何度か抜き差しをしてゆっくり掻き回すと、握ったままの屹立が嬉しそうにびくびくと跳ねた。
 もう、堪らない。
「ん、ん、ん」
 激しく扱いて、指を増やして掻き交ぜる。気持ちいいところばかりを責める<俺>の動きを再現して、手淫に溺れる。
『気持ちいい?』
「ん、きもちい、よ、<俺>ぇ」
 気持ちいい。気持ちいいけど、これが本当に<俺>の指なら。<俺>から与えられる快感なら、もっともっと、気が狂うほどに気持ちいいのに。
 本当に<俺>なら、指だけじゃなくて、もっと、あの熱い欲望が、この中を最奥までいっぱいに満たして、擦って、溶けて。
「あ、あ」
 前から、後ろから、いやらしい水音が響いて、鼓膜が痺れて鳥肌が立つ。
 下半身から沸き起こる壮絶な快感が全身を侵して、瞑ったまぶたの裏に真っ白な昂みが見えた。
「<俺>、<俺>、いっちゃ……」
『ああ。いけよ』
「んんんっ!!」
 <俺>の熱い吐息が脳内を揺さぶった瞬間、甘い電流が一気にてっぺんを突き破った。意識が宙に浮くほどの解放感に、勝手に体が小刻みに何度も跳ねる。
 濃い粘液がびっくりするくらいに次々と溢れて、体を凭れた鏡をべったりと汚した。
「はあ、はあっ、は」
 声をなるべく抑えていたせいで、酸欠になりそうなくらいに苦しい。懸命に空気を吸い込んでなんとか息を整えながら、解放に震えるものを押し潰すように根元から強く扱くと、最後のひと滴がぺちゃりと音を立てて床に零れた。
「ん、<俺>…………はっ!!!」
 額を合わせた鏡にすり寄って、唇を近づけようとして、すんでのところで我に返る。
 さすがにそれは。いくらなんでも。
(うわー! うわー! やっちゃった! あー! あー!)
 体を支配していた欲望がとりあえずは解放されて、ピンク色に霞んでいた頭の中が少し晴れて冷静になってきたせいか、今の行為がとんでもないことのように感じてくる。
 鏡を伝う粘液が、自分の浅ましさをこれでもかと見せ付けてきて、いたたまれない。
(オレっ、オレっ、もうっ)
 慌てて鏡をシャワーで流して、いろいろごまかすためにシャンプーもボディソープも大量に泡立ててがむしゃらに体を洗う。
 豪快にお湯を出す<俺>にもったいないといつも口うるさく言ってるけど、今日だけ、今だけはもったいないお化けにも許してほしい。
 まるでなにもなかったかのように清潔な香りが満たされた浴室に、どことなく罪悪感が湧いて心の中で<俺>に何度も謝った。


 リビングをそっと窺うと、<俺>はダイニングテーブルにパソコンを置いて、まだ一生懸命仕事をしてた。
 余計に申し訳なくなって、もう一度心の中で謝って、努めて平静に声を掛ける。
「<俺>ー、ごめん、先に寝るな」
「ああ。おやすみ」
「おやすみ……」
 目線は寄越さず声だけで答える<俺>にほっとする。今<俺>に見つめられたら、ものすごく挙動不審になって不信がられてしまう。
「はあ……」
 ベッドに入ったものの落ち着かない。
 思い出すからソファにいられなかったのに、ベッドなんて以ての外だ。
(ほんと、今日オレどうしたんだろう……)
 <俺>を妄想に使ったなんて、初めてだ。だって普段はそんなの必要ないから。
 こんな気分になれば、<俺>はすぐに悟ってくれて、触って、くちづけて、指なんかじゃ届かない深い場所まで……。
(……っ)
 余計なことを考えた。だめだ。<俺>は真面目に仕事してるんだし、昨日散々したんだし、明日も仕事だし。
 さっきちゃんとしたんだから、それでいいじゃないか。早く寝よう。寝れば忘れる。
(……)
 全身がむず痒い。なにも考えないようにしてるのに、体だけが勝手に熱くなっていく。
 ベッドから<俺>の匂いがする。<俺>の匂いというか、オレも同じ匂いなんだから、オレの匂いでもあるけど。
 だから、オレの体からも、僅かに<俺>の匂いがする。気にしなければ、お風呂上りだしボディソープの香りしか分からないはずなのに、気にしてるから感じてしまう。
 時には安心して、時にはどうしようもなく煽られる、オレと同じ<俺>の匂い。
(……いやいやだからだめだって。なにも考えない。なにも考えない……)

『──<オレ>』
『あっ、<俺っ>』
『いい、か?』
『んっあ、うん、すごい、あっ、気持ちいいっ』
『もっとよくしてやる』
『ああっ! や、だめぇっ!!』

(どわーっ!!!)
 だめだ。どうしてもだめだ。いっそ起きて本でも読んでいたほうがいいのかもしれない。
 そうしようか。でないと手を股間に伸ばしてしまいそうだ。ベッドでなんかしたら、確実に<俺>にばれてしまう。
 腰が勝手に前後に動く。吐息は熱く湿っている。思考が滲む。
 このままじゃ、自分で処理するどころか、仕事をしてる<俺>に襲い掛かるかもしれない。そんな邪魔をして、呆れられたり、嫌われたら……いやだ。

 そうしようとベッドから抜け出そうとすると、ウォークスルークローゼットの向こうのサニタリーから僅かに物音がする。
 作業が片付いたのかあるいはとりあえずのひと区切りを付けたのか、<俺>がシャワーを浴びるために廊下側からサニタリーに入ったらしい。
 寝室を通ればオレを起こしてしまうかもしれないという<俺>の気遣いが嬉しいのに、せっかく気を遣ってもらったのに当のオレはこんななんて、恥ずかしくて情けなくて仕方ない。それでも、体は熱くなっていくばかりだ。
(ばれない、よな)
 さっきオレがお風呂場でしてたことを、<俺>は気付いてしまうだろうか。あれだけしっかり流したし、大丈夫だとは思うんだけど。
(<俺>……)
 ついつい、シャワーを浴びる<俺>が頭に浮かぶ。
 節約のために、ふたりで一緒にお風呂に入ることは多い。でも一緒に入れば、あれこれで結局シャワーを流す時間が長くなることも多いから、節約になってるのかなってないのかいまいち分からない。
 実を言えば節約っていうのは建前で、ただ単に一緒に入りたいっていうのがほんとだったりするけど。

『だめっ』
『何が?』
『だって、声、響くっ』
『そのほうがお前は、興奮するんだろう?』
『やあっ』

(だから! オレは! ほんっともう!!)
 頭の中がすっかりどピンクだ。もうどうしようもない。
(水でも飲も……)
 火照る体を引きずって、明かりの消えたリビングに入る。パソコンが閉じられて書類もまとめられてるから、今日の作業は完全に終わったらしい。
 暗闇に目を眇めて時計を見れば、もうすぐ日付が変わろうとしていた。あいつは四時間近く作業してたことになる。明日は新たな企画項目が、完璧な形で提示されるんだろう。
 無理をしてるわけではないけど、いつも以上に気合いが入って責任も重くなっているせいか、肉体的にも精神的にも実は結構疲れているのは同じ体のオレもよく分かってる。
 あいつが求めてくるなら別だけど、オレから余計な負担はかけたくない。
 やっぱりここは、ぐっと我慢の心だ。
 妙な決意を固めて、冷たい水で体の中と頭の中をよく冷やして寝室に戻ると、ちょうどクローゼット側から寝室に入る半身と目が合った。
 こいつはひとりで入浴する時はやたら早い。
「ぁ」
「なんだ、起きてたのか」
「あー、喉乾いて。終わったのか?」
「ああ」
「お疲れ様」
「ん。寝るぞ」
「うん……」
 たったこれだけの会話。それなのに、<俺>の声を聞いて、お風呂上がりの姿を目にする短いやり取りの間に、さっきの決意はどこへやら、冷やした体が内側から煮え立った。
(や、やばい)
「どうした?」
「ううん、なんでも」
「早くこい」
 <俺>はオレの異常には気付かず、先にベッドに入ってもそもそと定位置を探してる。
 こんなになっても気付かないなんて、仕事のことで頭がいっぱいっていうより、やっぱり疲れてるんだ。
 荒くなりそうな息を必死で抑えて、<俺>と同じほうを向いてベッドに入ると、すかさず後ろから抱きついてきた。
 一瞬めまいがして、頭の中が反転する。
「お、<俺>……?」
「ん?」
「疲れた?」
「んー……少し」
「そっか。入れ込むのはいいけど、ほどほどにな」
「ん」
 ぎゅっと抱きしめて、首筋にぐりぐりと鼻先を擦り付けてくる。
 肌と肌が直接触れて、思わず声を出しそうになった瞬間、強く体が引かれて、仰向けに押し付けられた。
「!? っ、んんんっ!」
 いきなりのことになにかと思う間もなく、唇が塞がれるのと同時に舌が入ってきて、口の中いっぱいに蹂躙する。
 混乱する脳内を、柔らかい感触がさらに掻き乱す。
「あふっ、ん、ん、ん」
 頭に血が上るっていうのは、使い方が間違ってるけどこういうことを言うんだろう。こめかみが痛むくらいに脈打って、頬が熱くて血が出そうだ。
 熱いのは頬だけじゃなくて、全身が、特に体の中心なんか、もう。
「ん、んうっ!」
 激しいくちづけを与える<俺>にしがみついて、オレも乱暴に舌を絡める。キスなんて生易しいものじゃなくて、お互いの肉に食らい付くような、けだものの情交。
「気付かなくて悪かった」
「っ!!」
 顔中にキスの雨を降らせて、耳元で囁いた言葉に涙が滲む。
 <俺>はちょっと苦笑いするような、困ったような顔で優しく笑ってる。
 その表情に、欲情に勝る愛しさが溢れて、また唇に噛み付いて激しく貪る。
「あ、あ、だめ、出ちゃう」
「出せよ」
「や、だぁ」
 キスだけで爆発しそうになっている股間に、<俺>が捏ねるように腰を押し付けてくる。<俺>のそこも硬く猛って、お互いの体の間でふたつの欲望がごつごつとぶつかって痺れる。
「あっ、あ、や、だめ」
「これいつから?」
「んっん」
「いつから我慢してた? さっき?」
「ふっ」
「ずっと?」
「かえっ、帰って、きて、から」
「帰ってきてから?」
 目を見開いた<俺>に必死で頷く。<俺>は大きく溜め息をつくと、また困った顔をして笑った。
「ずっと我慢させてたのか。悪い」
「ちがっ、オレが、お前が、仕事で大変なのに、オレっ」
「ああ。だからお前がこんなになってるのに気付かなかった。悪かった」
「ちがっ」
 顔中そこかしこに唇を落としながら謝る<俺>に、罪悪感が蘇る。
 お前はなにも悪くないのに。オレが勝手にこんななって、仕事するお前を尻目にあんな。
「ああ、もうぐちゃぐちゃ」
「やあっ!」
 ズボンと下着が下ろされて、直接触れられた瞬間、耐え切れずに大きく震えて少し弾けた。
「は、あ、あ」
「全部出していい」
「やだ、やだ」
 ぶんぶん首を振るオレに、<俺>が笑う。
「分かった。どうやっていきたい?」
「ふあ、あ」
「お前の好きにしていい」
「んっ……い?」
 髪を撫でてくちづけて、甘やかす声にそれだけで達してしまいそうだけど、そうじゃなくて、ずっと待ち侘びた場所で。
 そっとズボンに手を入れて、脈打つ塊を掌で包む。やっと触れられた<俺>の熱に、嬉しすぎて触れた部分から蕩けてしまいそうだ。
「……いれたい」
「っ」
 媚びる声で、気持ち上目でねだると、掌の中でさらに硬くなって跳ねる。もっとオレに反応して欲しくて、指を絡めて緩く扱く。
「淫乱」
 詰る言葉なのに、声も目も優しくて、胸が締め付けられる。
 濃厚なくちづけを交わしながら、体を反転させてオレが<俺>に覆い被さる。
「ちゃんと解してからな」
「ん、い、から」
「だめ」
「いい、の」
「ああ、もう解れてるのか」
「っ」
 多分推測してたことを、わざわざ意地悪く聞いてくる。さっきの行為をまた思い出して、背筋が痺れる。
「ここで……じゃないな。風呂場か?」
「っ、や」
「俺のこと考えて、ひとりでしてたのか」
「や、や」
「俺にされてるつもりで、扱いて、中掻き回して、ひとりでいったのか」
「や、<俺>、も……」
「ひとりでそんなことさせたのか。ごめん」
 苦しいくらいに強く抱きしめられて、なんの感情なのか判別できないいろんな想いが溢れて涙になる。
 涙を掬い取ってくちづけられると、いつもは甘い舌がしょっぱい味がした。
「俺の前以外ではひとりでするな」
「あ、ばかっ」
 きっとあとでどうやってしたか、再現させられるんだろう。でもそれはあとで。今はとにかくもう。
「せめてこれは」
 オレの下から体を伸ばして、サイドチェストの引き出しから細いボトルを手探りで取り出す。
 それを素直に受け取って、性急に下を脱がせると、大きく膨らんだものが勢いよく飛び出して、思わず唾を飲み込んだ。
「たっぷり付けて」
「ん……」
 しゃぶり付きたい衝動を必死で抑えて、掌に出した粘液を絡めていく。
 両手で包んで、継ぎ足しながら塗り付ける。零れた粘液がシーツを汚しているけど、そんなことは気にならない。
 思いを焦がした愛しいものの硬さと、熱さと、心地好さそうに吐息を漏らす<俺>に煽られて、濡らすことが目的の行為だったのに、すっかり愛撫することに夢中になってしまう。
「<オレ>」
「ん、んっ?」
 笑い交じりに呼ぶ声に顔を上げると、<俺>が目尻にしわを刻んでいた。
「もげる」
 おかしそうに言って、オレの頭を撫でる。
 それは困る、と変なことを考えて、やっぱり我慢できなくて粘液に塗れた先端を軽くはむはむと銜えてから手を離して、腰の上に跨る。
「ひくひくしてる」
「あっ」
 恥ずかしげもなく大きく脚を開いて<俺>に見せつけると、期待通りの言葉をくれてぞくぞくする。
 視姦されながら、欲しくて欲しくて気が狂いそうだった念願をあるべき場所へ導き入れていく。
 たっぷり濡らしたそれは、当たり前に襞を割ってあっさり奥まで進んでしまう。
「あ、あ、ああっ!」
「っ……すごい」
 もうどうしよう。入れただけなのに、気持ちよくて気持ちよくて気持ちよくて、欲望も意識もオレのなにもかも全てが吹き飛んでしまいそう。
 オレの粘膜と<俺>の粘膜の鼓動が、わざとそうしてるように互い違いに脈打って、それだけで怖いくらいの快楽が襲う。
「あ、あ、や、も、いっちゃうっ」
「いいぞ。これで、いきたかったんだろ?」
「あああっ! だめぇっ!」
 くんっと下から小さく突き上げられて、内側が痙攣を起こす。手淫では置いてけぼりにされた一番奥に<俺>がぶつかって、信じられない快感が全身を突き抜けた。
「やあああっ!!」
 触れられてもないのに、勢いよく先端からしぶいて、<俺>の腹部と胸元に飛び散る。さっき一度出したのを忘れたかのように溢れ続ける体液の感触すら、解放の快感を増幅させる。
 吐精している間ずっと<俺>が腿をさすっていて、それも気持ちよくて堪らない。
「あ、あ、はあっ」
「いっぱい出たな」
「や、だぁ」
「ほら」
「やあっ」
 粘度の高い液体に指先を触れさせられて、自分の浅ましさが唐突に恥ずかしくなる。
 こんないやらしいところを見せて、<俺>は呆れてるんじゃないかと思ったけど、その顔はすごく嬉しそうで、なんだか活き活きしてるようにも見える。
「もっともっと、いらやしくなってもいいんだぞ」
「あ……」
 なんでオレの考えてることが分かるんだろう。
 苦しくて眉を下げると、<俺>が強い目でオレを見る。情熱と、情欲と、愛情をなみなみと湛えた愛しい瞳。
 そんな目をして、そんなこと言われたら、オレは。
「もっといやらしくなって、もっと俺を気持ちよくさせろよ」
「だめ、そんな、言わないで」
「なんで?」
「っ! ああっ!!」
 腰を強く掴まれて、激しく揺さぶられる。まだ解放の余韻にたゆたっていた体が、強烈な刺激に一気に覚醒した。
「まだ、欲しいんだろ?」
「あっ、あっ、いやっ」
「いくらでも味わえばいい」
「ああっ、<俺>ぇっ!」
 <俺>の言う通り、指で満足できなかった襞は貪欲に<俺>に絡み付いて、完全に萎えきらないうちに力を取り戻したものがオレの下腹を打つ。
 オレの手じゃない<俺>の手が腰に爪を立てて、奥までいっぱいに穿つ<俺>が甘い強烈な快感を与える。
 <俺>だから。<俺>にされてるから、こんなに気持ちよくて、おかしくなるんだ。
 お前だから、肌に触れて、見つめられるだけで、気が狂って際限なく熱に浮かされるんだ。
「ああっ、<俺>、<俺>、きもちいいっ」
「んっ、俺も、気持ちいい」
「気持ち、い?」
「ああ」
 嬉しい。お前も、オレで気持ちいいんだ。
 じゃあ、もっと、気持ちよくなって。もっと、オレに夢中になって。オレみたいに。
「<オレ>っ」
 脚を開いたまま体を反らせて、後ろ手に付いて全部見えるように腰を振ると、<俺>が眉を寄せて中で大きく震える。
 当たる角度が少し変わって、新たな刺激にオレも震える。
「いやらしい、<オレ>」
「や、あ、ああっ、ど、しよ、すご、きもちいい」
「お前が一番いいように動け」
「ひあっ!あ、ああんっ」
 なにも考えられない。ただ、<俺>のことだけ。<俺>と、<俺>がくれる快感だけが、オレを支配する。
「<俺>、<俺>、すき、<俺>、大好き、あっ、好きぃっ」
「くっ、お前は、ほんとに、もうっ」
「ああああっ!!」
 オレの動きに任せていた<俺>が、オレの腰を浮かせて一気に叩きつけた。
 激しく打ち付ける<俺>にオレも応えて腰を振る。
 繋がった部分がじくじくと熱くて、擦れすぎた内壁が蕩けて<俺>と混じり合う。
 気持ちよくて、愛しくて、ただそれだけで、他のことなんでどうでもいい。
 昨日したからとか仕事で疲れてるからとかそんなことは関係なく、ただ<俺>を感じて貪り尽くしたい。
 オレは本当にひどいやつだと思う。<俺>は疲れてるのに。気遣ったり労わるどころか、こんなになって。
 でも<俺>はちゃんと応えてくれる。オレの欲しがるままに、欲しがるだけ、いっぱいに与えてくれる。
 <俺>、<俺>、大好き。お前を心から愛してる。
「あっあっあっ、また、いっちゃう」
「ん、おいで」
 体を前に起こして、差し伸べた<俺>の腕にしがみ付く。<俺>が腰をさらに強く掴んで、下からめちゃくちゃに突き上げる。
 これ以上ないくらいに深く犯す<俺>と見つめ合ったまま、頂点に導かれる。
「好きっ、ああっ、好き、だいすき、<俺>っ!」
「<オレ>っ」
「んやっ、や、や、いくっ」
「一緒、に」
「ああああっ!!」
「うぁっ……!」
 気持ちいいとか快感とか、そんな表現じゃ全然足りない。そんなものじゃない。人の形を成さなくなってしまいそうな凄絶な衝撃に、頭から丸ごと食らわれる。
 もう今日は三度目なのに、壊れてしまったんじゃないかと思うくらい白く散って、また<俺>の上半身を汚す。
 焼き付きそうな熱い迸りを体内で感じて、幸せに胸がいっぱいで苦しい。
 長く続く奔流を腰を揺すって全部受け止めて、荒い息のまま<俺>の上に倒れこんだ。
「ん、ん、んんっ、んーっ」
 抱き合って、というよりは絡み合って、ぐちゃぐちゃに唇を交わす。重ねた体に粘液が押されて音が立つのがいやらしい。
 合間に何度も好き好きと囁いて無心で貪っていると、硬さを保ったままの<俺>がオレの中で硬度を増して、角度が変わる。
「あ、あ、もう、おっき……」
「お前が煽るからだ」
 腰を大きく回されて襞を捏ねる感触に、オレも全然おさまらない炎が一瞬で烈火になって全身に広がった。
「今度はいっぱい触らせて?」
 背中を撫でて、甘えるようにかわいく卑猥に囁いた<俺>に、濃厚なくちづけで返した。

 ∞ ∞ ∞

 まだ明るくはなっていないが、時刻はすっかり明け方だ。
 これからぎりぎりまで寝て、睡眠時間は二時間といったところか。
 それだけあれば十二分だ。
 腕の中では、<オレ>が今にも喉を鳴らさんばかりの顔でうとうととしている。
 額を軽く吸うと、薄く目を開けて、ふひっと変な吐息を漏らして唇に吸い付いてきた。
 散々上になって下になって、シャワーを浴びて再現させて、出すものもなくなってようやくお互い熱が引いてベッドに入った。
 シーツはあまりにもひどいことになっていたから捨てることにした。<オレ>はもったいないとしょげていたが、異論はないらしい。マットレスに染みないだけまだマシだ。
 まったく。俺としたことが。
 こいつの発情した匂いを吸い込むまで、何も気付かなかった。
 こいつが俺を求め焦がれていたのに、分かってやれなかった。まったく以てあり得ない。
 いらない気を遣って、我慢して、ひとりでして。お前は本当に馬鹿だ。
 仕事がどんなに忙しくても、どんなに疲れていても、俺の優先順位の頂点はお前だ。何をしていようとも、お前が最優先事項だ。
 お前といるから、仕事に打ち込める。お前を抱けば、どんな疲労も一瞬で吹き飛ぶ。
 ゆっくり唇を離すと、蕩けた目が俺を見る。どうしようもなく愛しいお前。
 すり寄る体を抱きしめて、ほっと息をつく。全身から力が漲ってくる。心も体も満たされる。
 俺を気遣うというのなら、お前は本能のままに、ただ俺を求めていればいいんだ。
 いくらでも、いつでも、俺はお前に与えてやる。
 だからお前も、余計なことは考えずに浅ましく俺を求め、いやらしく俺に与え続けろ。
2012.09.10