昼寝のあとは △
克哉=眼鏡、半身=ノマ
モンちゃん




 天才探偵の自分が犯人を華麗に暴き出し、共に難事件をかい潜ったヒロインから愛を告白されたところでふと目が覚めて、今のは夢だったのだと気付く。
 クッションを枕にソファに寝転ぶという寝入りやすい格好で本を読んではいたが、いつ本当に寝てしまったのか全く思い出せない。
 本はどこまで読んだか確認しようとするも、ミーハー心で買った流行りの推理小説は手の中にも胸の上にもどこにもない。そういえば眼鏡も外れている。
 視線を巡らすと、ソファの前に設置している小さなローテーブルの上に本と眼鏡が並んで乗っているのが見えた。
 そしてなんだか体が温かいなと思ったら、ごろ寝用のハーフケットが胸元から足元まできちんと掛けられていた。
 本を読んでいるうちいつの間にか眠ってしまっていたことに今気付いたばかりなのだから、本と眼鏡をテーブルに置いた覚えもなければ、体にハーフケットを掛けた覚えもない。自分では。
 となれば、こんなことをしてくれたのは、きっと小人さんの仕業ねと馬鹿なことを思うまでもなく当然ひとりしかいない。
 小人さんこと優しく愛しい半身の姿は、視線を巡らせた時すでに視界に捉えていた。
 ダイニングテーブルに乗せたノートパソコンを見つめる横顔。わずかにカチ、カチ、と聞こえる音は、マウスのクリック音だろう。
 昼食後、克哉が本を読み出した時には半身は念入りにキッチンの掃除をしていたはずで、いつ家事を終えパソコンをいじり始めたのか分からない。
 画面に何が映っているかまでは見えないが、仕事であれば寝室のパソコンデスクでするのが常だから、単にネットサーフィンでまた蟹のページでも見ているか、この春から生活を共にしている観葉植物のサイトでも見ているといったところか。
 克哉に見つめられていることには気付かず微動だにしない半身をしばし視姦したあと時計を見れば、本でも読むかと転がった時間からまだ一時間程度が経過しただけだった。身体的には随分長く眠っていた感覚がするが、実際の時間としては昼寝にはちょうどいいくらいの長さの睡眠だ。
「寝てた」
 声をかけるつもりで少し大きめに発したはずが、寝起きの掠れ声として唇から漏れ出てあまり音にはならず、よっぽどぐっすりしていたんだと知覚できた。
「あ、びっくりしたー」
 しかしそれでも静かなリビングに響くには十分な音量で、半身は一瞬びくりと体を跳ね振り返って、驚いた顔だけをこちらに見せた。
「寝てた」
 もう一度掠れた声で言うと、体も振り向かせた半身がこくんと頷く。
「うん。なんかすぐ寝てたみたいだよ。見たら気持ちよさそうにすやすやしてて、本もほとんど進んでなかった」
 記憶にない。別に昼寝するつもりではなく、ちゃんと本を読むつもりで転がったのだが。
 まあ確かに、ゆうべは久しぶりにいつもより濃厚に取り組んだから、満腹になった午後のひと時、ついうとうとしても無理はないかもしれない。
「眼鏡取っても本取っても起きないから、これはまじ寝だなと」
「夢見てた」
「まじ寝だ」
「探偵だった」
「はあ?」
 半身が笑い混じりに聞き返す。
「探偵で、お前ヒロインで、犯人捕まえて、お前に好きって言われた」
「なんだよそれっ」
 半身は今度は声を出して笑った。
 探偵ものの推理小説を読んでいたから、それが夢にも反映されたようだ。
 もじもじと恥じらって、実は探偵さんのことがずっと好きだったんですと上目遣いで告白してきた半身はかわいかった。
 想いに応えてキスしようとしたところで目が覚めたのだ。もったいない。
「ん」
 変な夢ーなどと言いながら再びパソコンのほうを向こうとする半身に、ソファをぽんぽんと叩きこっちにこいと促す。
「えー? オレ今ネットして」
「どうせ蟹だろ」
 遮ってずばっと言うと、半身ははっとして赤くなった。
「かっ、蟹じゃないもんねー! ウニだもんねー! それに今はモンちゃんのやつ見てたんだもんねー!」
 モンちゃんとは、新たな家族として佐伯家に鎮座するモンステラという種類の観葉植物に付けた名前だ。どのみち予想は当たっていた。半身の一番好きなタラバ蟹は今の時期だと旬とは外れるから、今が旬の海産物のショップページを散々見てから観葉植物のサイトを見ていたんだろう。
 ウニだもんねーなんて、なんの反論にもなっていないのに。
「ウニポチったな」
「ポっ! ポチっ! て、ない、し……」
 ポチったな。
 ウニか。丼か、焼くか、なんでもいいか。旬のウニ。楽しみだ。
「いつ届く」
「……ら、来週の、日曜指定……」
 素直に認めた。
 ばつが悪そうに視線を逸らして口を尖らせる半身に、またソファを叩いて隣にくるよう命ずると、半身は尖った口のまま渋々椅子から下りて裸足でぺったぺったとふて腐れたように歩いてきて、克哉の隣に身を横たえた。
「丼?」
「にしたいなーって! ちょっとお高いやつぅー! ポチっちゃったもんねー!」
 全て見透かされて悔しいのと、人には勝手にほいほい買うなと言っておいて自分は好きなものを買った気まずさの裏返しからか怒り口調になる半身がかわいくて、寄り添った体をぎゅっと抱きしめた。
「暑いしっ」
「うん」
 と言っても、別にいやがるわけでも離れるわけでもない。むしろ収まりのいいところに体をずらして、ふうっと満足げに息を漏らした。
 暑いし、狭いし、快適とは程遠いのに、半身とくっついているだけで、どうしようもなく心地いい。
「あれ? 寝るのか?」
「んー、もうちょっと」
「昼寝しすぎると夜寝れなくなるぞ」
 と言ったところで、半身がしまったという顔をした。その言葉に克哉がなんと返すか、瞬時に悟ったらしい。
「寝かせてもらえると思ってるのか?」
 愛しい恋人が期待しているなら、応えてやるのが男というもの。
 にやりと唇の端を上げ含みを持たせた淫靡な声音で耳元に囁いてやると、半身はかすかに吐息を漏らせたものの気を取り直して克哉の頭をぺしっとはたいた。
「永遠に寝てろ!」
「ひどい」
 つれない言葉の抗議として、折れんばかりにきつく抱きしめると、半身はぐえーとか言ってじたばたともがいた。それでもやっぱり離れようとはしないから、調子に乗って今度はちゅっちゅとキスの雨を降らす。
「やーだもうくすぐったいからー」
「んー」
「うははは」
 ああなんてバカップルかと思うが、事実だから気にはしない。
 意味もなくいちゃいちゃとしているこんな時が、一番楽しくて幸せだ。
「あ」
「え?」
 唇にちゅっちゅとしていると、先程の夢がふと脳裏を過ぎる。ヒロインである半身とキス寸前で目が覚めたんだった。そうだ、あれの続きを見なくては。
「さっきの夢」
「うん?」
「お前とキス寸前で目が覚めたから、続き見てキスしなきゃ」
「はああ?」
 半身が素っ頓狂な声を上げる。分からなくもない。今まさにキスをしている相手と、夢の中でキスしたいと言ったのだから。
「今現実でしてるのに?」
「別腹別腹」
「なにそれ」
「寝る寝る」
 呆れる半身にもハーフケットをしっかり掛けて、抱きしめ直して目を閉じる。腕の中の半身も、意味分かんないやつと言ってため息をつきつつも、そっと克哉の背中に腕を回してきた。
「あの小説オレも見ていい?」
「うん、いいいい」
「先に読んじゃっていい?」
「うん、いいいい。寝る寝る」
「んもう」
 すっかり目は覚めてしまったから、もう一度眠れるかと思ったが、苦笑しながらとんとんと背を叩く半身のてのひらが心地よくて眠気が誘われる。
 昼寝にしては確かに寝過ぎかもしれない。夜なかなか眠れなくなるだろう。だったら寝なければいい。単純な話だ。
 せっかく昼寝をして備えるんだから、昨夜に引き続き今日の夜もたっぷり、濃厚に。よしよし、楽しみにしていろ。
 とりあえず今は、さっきの夢の続きを見るとしよう。
2014.07.20